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【ウィズ・コロナの時代における欧州の動向:コロナと米中対立の下での課題と展望】

はじめに
一世を風靡したトランプ大統領の時代が終わろうとしている。コロナ禍の中からアメリカは再び国際社会にカムバックしようとしている。EU諸国を中心とする欧州は、アメリカ・ファーストの自国中心主義や権威主義国が興隆するポスト・グローバリゼーションの世界においてなりを潜めていた。経済規模で、米国や中国を凌駕するEUは、新時代のリーダーシップを発揮するわけでもなく、世界秩序のゲームチェンジャーとなるわけでもなかった。自由、民主主義、法の支配、人権という普遍的な価値観に基づくリベラル秩序の最後の砦として、リーダーなき多極世界で雌伏の時を過ごしてきた。
世界は、かつての日米欧三極とG7による世界政治・経済のグローバル・ガヴァナンスの時代から明らかに米・中両大国の対立と緊張を内包するGゼロ的多極体制に移行しており、その中で欧州(EU)は「眠れる巨人」として、ときには衰退論が語られ、台頭する極右ポピュリズムと移民の流入の動きの中で、「西洋の没落的」な内部危機に直面してきた。
ブルガリアの政治学者であるイワン・クリステフ氏は、欧州旧大陸が世界政治における中心的役割を果たさず、欧州人自身に対する自信も失った「アフター・ヨーロッパ」の状態にあるのではないかと看破している(イワン・クリステフ『アフター・ヨーロッパ』岩波書店2018年)。アイデンティティーの危機に苦しみ、将来の世界政治・経済秩序の形成において中心的な役割を果たすことのなくなったEUは、分裂と崩壊の危機を迎えつつあるのだろうか。
 EUの生みの親の一人であるジャン・モネは、「欧州は危機において作り出される」(Europe will be forged in crises)と述べた。ユーロ危機、難民危機、ポピュリズムによる民主主義の危機、BREXITによるEU弱体化の危機、そして今回の新型コロナ・ウィルスのパンデミックによるEU社会崩壊の危機というように過去10年間でEUと欧州は連続する危機の時代を迎えている。コロナと米中対立そしてバイデン大統領の誕生により欧州は覚醒し、新しい欧州を蘇らせることができるのであろうか。
ドイツ語圏に合計16年間勤務し、欧州とEUをドイツの方角からではあるが観察し続けてきた筆者にとっても、BREXITの真相とイタリアの反EU的な傾向、そしてハンガリーやポーランドなどの東欧諸国のEU懐疑主義の動きはEUと欧州の未来を占う上で看過できない事象である。
以下に簡単にEUと欧州が直面してきた「危機の10年」(2009年から2019年)を振り返り今回のパンデミックが突きつけている欧州とEUの本質に関わる問題について考察を加えたい。そこから導き出されるウィズ・コロナそしてポスト・コロナの時代の「アフター・ヨーロッパ」について展望することとしたい。

1.EU懐疑主義の台頭―東欧の反目
米、中に続く第三の極として主権を共有する地域統合体のEUは、どこまで統合の拡大と深化をし続けることができるかが注目されてきた。しかし、いま欧州において起きていることは、2009年のユーロ危機以降拡大と深化の両方が足踏みし、求心力を失っていることである。発端となったギリシャの債務危機によって、ユーロ圏の中でギリシャやポルトガル、スペインなど大きな債務を抱えた貧しい南欧とドイツやオランダ、オーストリアなどの富める北欧という南北の分断線が引かれた。これに加えて、シリアやアフリカからの移民の流入あるいはグローバリゼーションの結果、EU市民の間で貧富の差が拡大した。
次にナショナリズムの台頭と欧州懐疑主義による東西の分断である。ハンガリーやポーランドといった旧東ヨーロッパの国々はEUによる移民受け入れや法の支配の尊重への要請に対し、ブラッセルの一元的なコントロールに従いたくないとして、欧州統合に対する猜疑心を抱いている。ハンガリーのオルバン首相は、グローバリゼーションのもたらした負の象徴である移民に集中砲火を浴びせ、排外主義をあおってきた。2010年以降、ポーランドとハンガリーは、EUの基本的な価値観とは相容れないさまざまな改革を推し進め、「問題国家」とみなされるようになった。アキ・コミノテール(Acquis Communautaire)と呼ばれるEU加盟国が遵守すべき法体系の根幹である「法の支配」に対し、加盟国があからさまな挑戦を突き付けるつけることは、これまでの欧州統合の歴史ではみられなかったことである。
移民問題については、イタリアとギリシャの負担を緩和するための合意に反し、移民の受け入れを拒否したとして、欧州司法裁判所(ECJ)は2020年4月2日、ポーランドとハンガリー、チェコの3カ国に対し、EU法違反の判決を言い渡した。EUは2014年3月に「法の支配を強化するための新たなEU枠組み」を新設し、ハンガリーやポーランドとの対話を模索していたが、リスボン条約第7条によるポーランドに対する制裁が議論されるほどであった。
EU懐疑主義が台頭する東欧では、ロシアや中国への傾斜も目立つ。オルバン大統領はプーチン・ロシア大統領らを称え、ロシアや中国に接近した。このようなEUの東西分断状況に付け込んで中国は2012年に、中・東欧16カ国(EU加盟11カ国とバルカン5カ国)との間で、「16+1」と呼ばれる中国-中・東欧協力枠組みを構築し(2019 年よりギリシャが参加し、17カ国となっている)、インフラ投資をはじめとする資金供与を約束し、EUの分断と懐柔を図ろうとしている。EUの東西の結束の乱れは、中・露に付け込む隙を与えている。G7の国としては初めてのイタリアによる中国の「一帯一路」への参加(2019年3月21日からの習近平主席のイタリア訪問の際に、中国と覚書を締結)ならびにギリシャ、ポルトガル、オーストリア等のEU諸国の同構想への参加に加えて、16カ国におよぶ中・東欧諸国への中国の影響力拡大の現状は独、仏等のEUの大国ならびにEU委員会にとっては無視できない状況にある。
このような中、2020年8月30日から9月4日にかけて、ビストルチル・チェコ上院議長の台湾訪問が行われたが、アザー米国厚生長官の台湾訪問(8月9~12日)に続けて行われたこの訪問は、「一つの中国」への公然たる挑戦という点において中国にとっては誤算であり、青天の霹靂であった。チェコにおいては、ゼマン大統領は中国との関係を支持し、上院議長とフジブ・プラハ市長は台湾を擁護するなど国論が二分していたが、「16+1」基金による資金協力も期待したほど進展がなく、中国に対する不信感が醸成されていた。香港国家安全維持法をめぐる中国の強権的対応や台湾に対する圧力は、1968年のプラハの春に対するソ連の弾圧を彷彿とさせるものであり、1989年のビロード革命を経て民主化したチェコの中国への警戒心が醸成されてきたことによるものと思われる。また、8月12日に行われたポンペオ米国務長官のチェコ訪問もこの動きを後押しすることになったことは想像に難くない。
これらの東欧諸国は、EU離脱までは考えていないが(英国と異なり、離脱しても経済的に自立できないため)、もはやEU至上主義ではないということである。ポピュリズムについては、EUの西欧加盟国であるドイツやフランス、オランダなど多くの国においてもポピュリスト政党が国政に進出している。いずれも政権を取るところまでは行っていないが、不満層の関心に応えるような過激な活動や発言をしている。このようにEUは東西、南北の二つの分裂とコロナにより若干衰えたとはいえポピュリズムによる遠心力が強まっており、EUの結束を弱体化させる危険性が出てきている。ドイツとフランスが支え続ける限り、EUが瓦解することはないと思うが、第三の極としてのEUはいま大きな試練を迎えており、その結束が試されている。

2.ポストBREXITの英国はどこへ向かうのか
そのEUの命運に大きな影響を与えているのは、迷走した英国の脱退劇(BREXIT)である。このBREXITは、そもそも英国の国益重視の功利主義的政治の結果によるものである。しかも、それは世界の第三極としてのEUの国際政治におけるウエイトを減らす一方で、EU内では独仏の絶対的な影響力の拡大となるため、他の加盟国(特に旧東欧諸国)の警戒心を増大させ、EUの結束と求心力の低下をもたらす可能性がある。2016年6月23日の英国国民投票によるBREXITの決定から3年半経った2020年1月31日をもってようやく英国のEU離脱が正式に実現した。これによって、EUは大陸欧州国家による地域統合システムとしての性格が確定した。
英国は再び主権国家として全面的な外交上のフリーハンドを取り戻すが、そのレベルはもはや大国というよりミドル・パワーとしての規模である。しかし、過去の外交資産であるコモンウエルスのネットワークとアングロサクソン連合として米国やファイヴ・アイズ(米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド)との連携を強化し、海洋国家の地政学に基づくアクターとしてポスト・コロナの国際政治に再登場してくるであろう。EUとの関係では、本年末までに英国とEUの関係に関する新たな協定交渉を行って、経済・貿易面でどのような関係に入るのかが焦点となっている。経済連携協定(EPA)などの協定を結んだ上でいわゆるソフト・ブレグジットに向かうことが期待されているが、現時点で協定交渉は難航しており、条約や協定といった法的な枠組みのないハード・ブレグジットになってしまう可能性がある。
英国はEU離脱後、日本との間では日・EU経済連携協定(EPA)を模範とした二国間の交渉を行い、10月23日、東京で日英包括的経済連携協定の合意に達した。英国とEUとの間の協定は複雑多岐にわたり、利害関係の隔たりが大きいので、無協定状態の関係が暫く続くことが予想される。 EUにとっては経済面での英国ロスもさることながら、むしろ国連安保理常任理事国および核兵器国としてEUの政治・安全保障面での重しとなってきた英国なしで対米、対中、対ロシアの関係でどれだけの力を発揮できるのかが試されることになる。

3.欧州(EU)の分断―イタリアの反発
EU では東欧に加えて、近年イタリアも反EU的な勢力になっている。EU の原加盟国で、今日のEU の前身である欧州経済共同体(EEC)を創設したローマ条約が署名された国であるにもかかわらず、である。ユーロ圏第3位の経済規模であるイタリアが反EUである原因は、イタリア経済にある。イタリア経済の不振は、20年にわたる低成長と10%を超える失業率である。その責任は構造改革をしなかった歴代中道右派、中道左派の政権にあるのだが、EUこそが経済停滞の原因だとして、そこに付け込んだのがポピュリスト政党の「同盟」とサルヴィーニ党首である。その結果、2018年6月ポピュリスト政党の「五つ星運動」と極右勢力「同盟」による連立政権が発足した。EU 原加盟国6か国でポピュリスト政権が誕生するのは初めてである。首相に指名されたのは、政治経験のまったくない民法学者のコンテ氏だった。
極右・ポピュリスト連立合意では、EUの財政規律の緩和も求めていた。焦点は財政赤字の国内総生産(GDP)比を3%以内に抑える基準である。イタリアの財政赤字の対GDP比は2017年に2.3%と基準内にあったが、サルヴィーニ党首は2018年末、公約である大盤振る舞いの予算を組み立てた。その結果、財政赤字が対GDP比2.4%に膨らんだ。さらに財政バラマキが実施されれば、基準を突破しかねない状況だ。政府債務残高のGDP比は130%とギリシャの180%に次ぐ高水準にある。ユーロ基準の60%の倍以上にあたる。イタリアのポピュリスト連立政権が2018年末に提出した2019年度の予算案は、財政赤字が過大であるとして欧州委員会から拒否されたが、その後、赤字幅を2.6%まで縮小して結局は承認された。最近の世論調査では、イタリアのEU離脱を望む人の割合が20ポイント増加している。EUを無意味な存在とみる人は59%に上り、驚くことに、回答者の半数近くがドイツは敵で、中国が同盟国だと答えている。
イタリアは今もユーロ圏第3位の経済国である。しかし、GDPの落ち込みや今後数年間の経済予測をめぐる懸念、新型コロナウィルス・パンデミックへのEUの対応いかんによっては、EU懐疑主義が加速しかねない。コンテ首相は、スペインと共に、ユーロ共同債である「コロナ債」の発行が必要だと訴えたが、ドイツやオランダの反対で実現しなかった。感染拡大を防ぐため、ドイツとフランスはマスクや手袋の輸出を制限し、イタリアとの国境を封鎖する国もみられた。イタリア経済は、2020年の成長率が10%近いマイナス成長に陥るとみられている。財政収支も国債残高のGDP比は現在の135%から180%まで悪化するものとみられる。
イタリアの右派勢力は国民の反EU感情に付け込もうとしている。分離主義を推し進めているのが「欧州のトランプ」こと、同盟のサルヴィーニ党首だ。イタリアでは、欧州経済と自国経済の統合が深化しているため、英国と異なりEU離脱の代償は高すぎる。しかし、再び感染が拡大している第二波のパンデミックに対するEUの対応いかんによっては、反EU感情がさらに高まるとともに、マスク・ワクチン外交を進める中国やロシアに接近する可能性がある。実際にパンデミック対策は各国別に行っており、EUには全体調整をする余裕も能力もない。100年に一度のクライシスの際にEUの能力に疑問符が付いたままでは、コロナ騒ぎはEUの分断をさらに進めていくことになるものと思われる。

4.コロナ危機の中の起死回生策―「復興基金」へ独仏が連携
2020年1月に中国で発生した新型コロナ・ウィルスのパンデミックの第二波を収束させ、危機を機会に変えることができるか、EUは重大な岐路に立たされている。当初、コロナ危機への対策は加盟国ごとに行われ、EU全体としては初期対応に遅れを生じた。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、この点を欧州議会で謝罪している。EUとしては、イタリアやスペインなど経済基盤が弱く、甚大な感染被害が発生した国への経済支援のあり方が重要であり、EUの構造的弱点である経済格差にどう対応するかとう問題の扱い方次第でEUの将来が左右される。
イタリア、スペイン、フランスなど9カ国はEUに対してコロナ債と呼ばれるユーロ共同債の導入を提案したが、財政負担に慎重なドイツ、オランダ、オーストリアなど北部諸国が反対し、南北対立の様相を呈した。これを受けて、5月18日メルケル・マクロンの独仏首脳が連携プレーを行い、5000億ユーロの復興基金の設立を共同提案した。その内容は、融資ではなく、返済不要の補助金として支援を実施するというものである。コロナ債そのものではないが、市場で資金を調達して加盟国に配分する。これは北部諸国が反対していた他国の債務の分担につながるが、ドイツが方針転換をして歩み寄ったことで妥協が成立した。
これを踏まえ、欧州委員会は5月27日、7500億ユーロの復興基金を設立する計画を発表した。新基金は4400億ユーロの補助金、600億ユーロの融資保証額、2500億ユーロの融資からなる。基金の資金は2021年から24年の間に資本市場から調達し、数年に分けて配分する。今回の提案が持つ重要な意味は、第一に、欧州委員会が自ら資本市場で資金を調達して新たなタイプのEU債を発行することである。第二に、その返済に、EU全域で導入する炭素排出税や金融取引税、デジタル課税による税収を当てることである。これにより、EUは新たな税収を梃に、極めて巨額の借り入れが可能になった。
「倹約4カ国」のオランダ、オーストリア、デンマーク、スウェーデンが補助金による支給に反対したが、EU首脳は6月21日、5日間に及んだ協議の末に、新型コロナ・ウィルスによる経済の立て直しに向けた復興基金案で合意した。内訳は当初、7500億ユーロの内、5000億ユーロを返済不要の補助金、残り2500億ユーロを返済が必要な融資としていたが、財政規律を重視するオランダなどの「倹約4カ国」が反対し、ミシェルEU大統領が補助金3900億ユーロ、融資3600億ユーロとする妥協案を提示した。補助金と融資を組み合わせた総額7500億ユーロ(約94兆円)規模とし、景気低迷が深刻なイタリアやスペインといった南欧諸国などの支援に重点的に投入する。
今回の復興基金は一時的なものであり、財政統合ないしユーロ共同債の導入に結びつくものではない。メルケル首相が妥協したのも、原則に固執すれば、南北対立が決定的になり、イタリアなどでナショナリズムやEU懐疑論が勢いを増すということを懸念したためとみられる。(注)

(注) 7月に合意したEU復興基金の成立に遅れが生じている。2020年11月18日付け日本経済新聞が報じるところによれば、復興基金は2021年から7年間のEU中期予算の一部として設けられる予定であるが、ハンガリーとポーランドが新たに課せられた「法の支配」の遵守を条件とすることに異を唱えており、中期予算案と復興基金案に反対している。「法の支配」の遵守条件を守らない場合には、EUは、特定多数決で両国に復興基金からの資金拠出を停止できるとされている。EU は首脳レベルでビデオ会議を開いているが、 メルケル首相は対面による協議で打開を図る必要があるとしており、なお曲折が予想される。 これが打開されない場合、 2021年から基金が稼働できず、 欧州の景気回復が遅れるリスクが高まると予想されている ( 同上日本経済新聞報道)。 資金の配分は東欧諸国にとってもメリットがあるので、これまでのEU の経験に照らせば、最終的には何らかの妥協が図られる可能性があるものと思われる。

5.中国への警戒心の高まり
中国にとってEU は最大の貿易相手国であり、EUにとっても中国は米国に次ぐ第二の貿易相手国となっている。特にドイツにとって中国は、生産及び販売市場として魅力的な国であり、基幹産業とも言うべき自動車産業は、フォルクスワーゲンを中心に、中国における生産を増大してきた。しかしながら新型コロナ感染症のパンデミックは、中国におけるサプライチェーンの持つ脆弱性を露わにし、加えて、米中対立による中国製情報ハイテク製品の使用制限、さらにはウイグル、香港における人権と民主主義の弾圧に対する国際社会の非難などから、ドイツとしてもこれまでの中国依存のあり方を見直している。
中国は、欧州製品の生産や販売市場であるレベルを超えて、いまやEU諸国との競争国家となっており、この点からも警戒心を強めてきている。この発端となったのは、2016年8月に中国の国営家電企業の美的集団によるドイツの産業用ロボット、ファクトリー・オートメーション関連機器の大手メーカーであるクーカ(KUKA)の買収である。これを機に、ドイツでは外国企業による買収の際の審査基準の厳格化が進められ、EUレベルでも規制強化の提案が行われている。
2019年、欧州委員会は中国を「体制的ライバル」と位置づけ、5月に、EUのボレル外交安全保障上級代表は「中国に対し、より強固な戦略が必要だ。他の民主主義のアジアの国とのより良い関係の構築が不可欠である」と言及している。今回のパンデミックにおいて、中国は、マスク外交により、EUを懐柔しようと試みてきたが、狙いは外れ、また、すでに述べたように、台湾をめぐるチェコの外交に対する中国の高圧的な「戦狼外交」に対し、ドイツ、フランスならびにEU委員会もチェコを擁護するなど、対中外交の再検討が行われている。

6. 仏、独のインド太平洋戦略
このようなことを背景に、日本やアメリカが進める「自由で開かれたインド太平洋」構想(Free and Open Indo-Pacific:FOIP)への関心が急速に高まってきている。自由と民主主義、法の支配、人権尊重といった欧州諸国も重視する普遍的な価値観に基づく大規模な地域協力構想はEU諸国にとってインド太平洋地域の再発見となっている。特に、他国に先駆けて「アジア太平洋」から「インド太平洋」に戦略の重点を移したとみられるフランスに続き、ドイツも、本年9月2日に、「インド太平洋外交指針」(Leitlinien zum Indo-Pazifik)を閣議決定している。中国を重視する「アジア太平洋」から、民主主義国家であるインドを含む地域概念である「インド太平洋」に優先順位を置くことを表明したことは、近年の中国の大国主義的膨張外交と米中対立の激化によるデカップリングと無縁ではないであろう。このドイツ政府の「インド太平洋外交指針」は、地政学と価値観の観点から、21世紀におけるインドとASEAN諸国の経済的、政治的なポテンシャルに注目したものである。ただ、中国の扱いには配慮しており、対中封じ込めではなく、包摂性(inclusiveness)と多国間主義が狙いであることがこの指針の諸政策の端々に表れている。ドイツの言うインド太平洋には中国が含まれており、ドイツが外交と経済の軸足を中国からインド太平洋に移したと言い切るのは時期尚早の感を免れない。
欧州とインド太平洋を結ぶ地域はグローバルなサプライチェーンによって緊密に結びつけられている。このような現状認識ならびに、21世紀における世界秩序の構築という文脈において、自由な世界秩序の復権と多国間主義の強化を目指すドイツやフランスを始めとする欧州諸国のインド太平洋地域における積極的な関与の姿勢を示すものと受け止められる。「自由で開かれたインド太平洋」構想の提唱者を自認する日本としても歓迎すべき動きであり、これがEU全体の政策となれば、日欧協力の地平が拡大するウィン・ウィンの外交成果と言える。ドイツは今年末までEUの議長国を務めるが、このドイツの姿勢の変化により、近い将来、独仏の協力でEU全体としての「インド太平洋戦略」の構築が行われていくものとみられる。11月12日に菅首相とバイデン次期米国大統領の電話会談が行われた。その際に、菅首相から「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けて連携していきたいと言及し、次期米国政権がインド太平洋戦略を継続することへの期待が表明されたが、独、仏そして英も加わって日米欧の協力が復活することも十分に考えられる。

7.今後の欧州と日欧協力の見通し

EUは、これまで南欧諸国の財政破綻に伴う債務・金融危機、すなわちユーロの不安定化を経験している。また、難民・移民の増大による社会の不安定化、ポピュリズム台頭のリスクを経験し、さらに英国の国益優先に基づくBREXITそして現在100年に一度と言われている、スペイン風邪以来の新型コロナ・ウィルスによるパンデミックの危機に見舞われている。傷ついた経済と社会そして政治をどう立て直すか、メルケル首相によればドイツと欧州は戦争に匹敵するクライシスを経験している。フォン・デア・ライエン委員長を始めとするEUの新しい体制は、重点項目として掲げるグリーン・ニューディール及びデジタル化を成し遂げ、EUがアメリカ、中国と並ぶ三つの極の一つとして発展していくよう、EUの結束を重視している。
パンデミックを乗り越えることができれば、地政学的な役割に目覚めたEUには、そのチャンスがないとは言えない。但し、メルケル首相は2021年秋に退任するとみられており、EU内でリーダーシップを握る政治家がマクロン仏大統領以外に見当たらないことは、懸念材料の一つである。
また、EUの周辺国にはロシア、ウクライナ、ベラルーシという旧ソ連の国がある。ロシアはクリミア併合ならびにウクライナ東部への影響力の行使により、EUから制裁を受けている。さらに、欧州最後の独裁国と呼ばれるベラルーシの大統領選挙において、ルカシェンコ大統領の選出に対する不正選挙疑惑が生じて、これを支持するロシアや中国との間でEUは緊張関係にある。EU加盟が認められないトルコについてもそうである。エルドアン大統領はますますイスラム化と権威主義化を進めており、アメリカとの関係もうまくいっていない。クルド人のトルコへの流入を避けるためにシリアに対して爆撃をするなど、EUと接する東の外縁諸国には顕在的な地政学的リスクが存在している。
コロナと米中対立により、EU・欧州は再びグローバル・プレーヤーとして覚醒したかに思われる。また、日本とEUが共有する普遍的価値観や関心のある優先事項が顕在化し、ルールに基づく国際秩序の維持ならびに多国間主義の再生といった面において日本とEUが一層協力できる可能性が出てきたものと言える。日本とEUは、2018年7月に締結した経済連携協定(EPA)と戦略的パートナーシップ協定(SPA)によって、法的にも政治的にも共通の価値観に基づく自由で民主主義的な秩序の構築において協力する21世紀のパートナーであることが確認されている。また、バイデン氏が米国大統領に就任すれば、日・米・欧の三極協力がリニューアルして復活し、自由な世界秩序の後退に歯止めがかかることが期待される。ポスト・トランプのアメリカとも協力を進めていくことができる共通項として上述の「自由で開かれたインド太平洋」構想が、今後の日米欧の新たな協力のベースとなることが期待される。
                           
2020年11月20日記  関西学院大学教授(元駐ドイツ大使)
               神余隆博

雑誌『月刊資本市場』2020年12月号掲載
(注) 7月に合意したEU復興基金の成立に遅れが生じている。2020年11月18日付け日本経済新聞が報じるところによれば、復興基金は2021年から7年間のEU中期予算の一部として設けられる予定であるが、ハンガリーとポーランドが新たに課せられた「法の支配」の遵守を条件とすることに異を唱えており、中期予算案と復興基金案に反対している。「法の支配」の遵守条件を守らない場合には、EUは、特定多数決で両国に復興基金からの資金拠出を停止できるとされている。EU は首脳レベルでビデオ会議を開いているが、 メルケル首相は対面による協議で打開を図る必要があるとしており、なお曲折が予想される。 これが打開されない場合、 2021年から基金が稼働できず、 欧州の景気回復が遅れるリスクが高まると予想されている ( 同上日本経済新聞報道)。 資金の配分は東欧諸国にとってもメリットがあるので、これまでのEU の経験に照らせば、最終的には何らかの妥協が図られる可能性があるものと思われる。

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