ドイツ四方山話

《読書案内》「ナチズム」が「”国民”社会主義」と訳されるべき理由―ジョージ・L・モッセ(佐藤卓己・佐藤八寿子訳)『大衆の国民化』―

 

ドイツ史を語る上では避けて通ることのできない、「ナチズム」の歴史。国民社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)の指導者アドルフ・ヒトラー Adolf Hitler(1889-1945)が選挙を通じて政権を握り、独裁体制を敷いていた時代(1933-45)のことです。しかし、ヒトラーが権力の座に就けた要因を彼のカリスマ的な魔力だけに求めたり、こうした過激な政治運動の擡頭をドイツ特有のものだと看做したりするのは、本当に正しいのでしょうか。今回は、ジョージ・L・モッセ(佐藤卓己・佐藤八寿子訳)『大衆の国民化』を紹介します。

 

『大衆の国民化』文庫版(筑摩書房公式サイトより)

 

1.ルソーからヒトラーへ

本書は「ナチズム」を、18世紀頃から欧州で出現した「新しい政治」の極致として位置付けています。一部の王侯貴族を中心に展開されていた旧来の政治は、広範な大衆による運動や彼らに対する煽動、また記念碑や建築物といった象徴を伴う集会を通じた、人々の直接的な「参加」に特徴付けられる新たな政治文化に取って代わられました。著者はこの「新しい政治」が「ナチズム」の時代へ向かって成熟していく二百年近くの過程を、美術や祭礼など様々な分野に目配りしながら描いています。

 

1794年にパリで開かれた「最高存在の祭典 La fête de l’Être suprême」(ウィキメディア・コモンズより)

 

2.「国民主義」の再検討

著者にとって重要なのは、「ナチズム」に繋がる側面を持つ「国民主義 Nationalismus / nationalism」という概念です。こうした訳語に従えば、「ナチズム Nationalsozialismus / national socialism」は「国民社会主義」と訳されるべきなのですが、“national“ を「国家装置の」という意味で理解して「国家社会主義」と訳すことも多いように思われます。しかし、“Nationalismus / nationalism“を「国家主義」と訳すことは、近代以降に発達した民主政治における人々の草の根的な「国民意識」を軽視することに他なりません

 

1913年にライプツィヒで開かれた「体操大会 Turnfest」(ウィキメディア・コモンズより)

 

「ナチズム」を支持していたドイツ人たちの中には、戦後になって自らをヒトラーという詐欺師に騙された被害者だと称する人も少なくありませんでした。亡命ユダヤ人である著者は、「ナチズム」がドイツ人たちから熱狂的に支持された背景を、ヒトラーたちが設けた国家装置による「プロパガンダ」という上からの操作ではなく、大衆が自ら進んで担った「国民主義」の中に見ています。そして、著者によれば、こうした「国民主義」の動きはドイツ以外の国々にも見られることであり、決してドイツ特有の問題ではないというのです。

 

1936年にニュルンベルクで開かれたNSDAP全国党大会(ドイツ連邦文書館より)

 

3.特殊に見えるものの普遍性

本書の筆頭訳者である佐藤卓己さんは、「マルクスからヒトラーへのメディア史」を謳った自著『大衆宣伝の神話』の中で、本書に「精神的な血縁」さえ感じてしまったと記しています。事実、佐藤さんの別著である『ヒューマニティーズ 歴史学』『ファシスト的公共性』でも、モッセ史学の影響の大きさが語られています。「ナチズム」に繋がる民衆の熱狂を特殊なものではないと著者が喝破したように、訳者もヒトラーによる大衆宣伝とその受容がむしろ彼と敵対したマルクス主義者とその支持者たちにも共通するどころか、後者がその先駆であることを指摘しました。右翼的なものの左翼的な起源、一般的に良いと考えられているものの邪悪な系譜、無関係と思われていたもの同士の知られざる繋がり…。こうした「特殊に見えるものの普遍性」が暴露されるのも、モッセ史学と「精神的な血縁」で繋がる佐藤史学の醍醐味の一つだと述べてしまえば、それは過言でしょうか。

 

『増補 大衆宣伝の神話』(筑摩書房公式サイトより)

 

<書誌情報>

モッセ, ジョージ・L『大衆の国民化―ナチズムに至る政治シンボルと大衆文化―』ちくま学芸文庫、佐藤卓己・佐藤八寿子訳、2021年

<参考文献>

佐藤卓己『ヒューマニティーズ 歴史学』岩波書店、2009年

同上『増補 大衆宣伝の神話―マルクスからヒトラーへのメディア史―』ちくま学芸文庫、2014年

同上『ファシスト的公共性―総力戦体制のメディア学―』岩波書店、2018年

 

文責:林 祐一郎(京都大学文学研究科博士後期課程・日本学術振興会特別研究員DC1)

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