ドイツ四方山話

《読書案内》30年後から見た「再統一」―アンドレアス・レダー(板橋拓己訳)『ドイツ統一』

《読書案内》30年後から見た「再統一」―アンドレアス・レダー(板橋拓己訳)『ドイツ統一』

 

今年は2020年。新型感染症の猛威に晒された一年であることは言うまでもありませんが、この年は東西ドイツの再統一という世界史的な大事件から30周年を迎えた時でもあります。そして今秋、日本でもこのテーマを扱った著書が翻訳・出版されました。今回は、アンドレアス・レダー(板橋拓己訳)『ドイツ統一』(原題:『ドイツ再統一の歴史』 Geschichte der deutschen Wiedervereinigung)を紹介します。

 

欧州政治史研究者の板橋拓己さんによってドイツ語から翻訳されたこの本は、東西ドイツが再統一される過程を、19世紀以来のドイツにおける市民運動の伝統に位置付けて「1989/90年のドイツ革命」と捉え、それを国際政治との関連で説き始めます。象徴的なことに、本書の叙述はソ連の共産党書記長ミハイル・ゴルバチョフ(Михаил Сергеевич Горбачёв, 1931- 上掲写真)の登場と彼の一連の改革政策「ペレストロイカ」(перестройка)に始まる「ソヴィエト帝国の終焉」から出発しています。他方で、著者は東西ドイツ国内の事情への目配りも欠かしていません。このような幅広い叙述が可能になった背景には、時が経ち、様々な公文書が公開され、多くの回顧録が出版されたという事情もあります。著者は同時代の証人としてではなく、「歴史家」としてこのテーマに取り組んでいるのです。

 

しかし、著者が当事者性の無い全く「中立」の人物かと言えば、そうではありません。著者は「訳者解説」で明かされている通り、中道保守のキリスト教民主同盟(CDU)の熱心な党員であり、新聞やテレビで現実政治について発言したり、保守主義の復権を訴える政治公約を発表したりしています。もっとも、ドイツでは研究者が自分の政治的立場どころか所属政党を明確にして活動することは珍しくありません。そもそも、敢えて「中立」を装って物事を語るよりは、自分の立場を予め公言する方が誠実と言えるでしょう。著者が「1989/90年のドイツ革命」を二つの局面に分けて捉え、第一局面を東ドイツにおける「平和革命」、第二局面を西ドイツへの編入=「再統一」として、本書の後半部でCDU政権の西ドイツ首相ヘルムート・コール(Helmut Kohl, 1930-2017 上掲写真)の役割に重きを置くのも、そうした党派性が反映された傾向であると言えます。また、これも「訳者解説」で指摘されていることですが、原題にある「再統一」(Wiedervereinigung)という語は、それ自体で政治的な意味合いを含んでいます。というのも、1990年に成立した統一ドイツは戦前のドイツ帝国やヴァイマル共和国とは違う史上初めての領域で成立したものであるにも拘わらず、「再統一」には「かつて存在した統一ドイツの復元」という意味が含まれているからです。そこには、東方の旧ドイツ領をどう位置付けるかという問題(衣笠太朗『旧ドイツ領全史』)や、そもそも「再統一」は西ドイツによる東ドイツの不当な編入なのではないかという問題(星野乃彦『東ドイツの興亡』)も絡んできます。

 

著者は「再統一」を「成功の歴史」として描いています。本書の原版がドイツで公刊されたのは2011年。これは、「再統一」から20年後の2009年に著者が出版した『ドイツ、一つの祖国―再統一の歴史』という大著の縮約版とでも呼ぶべき小著でした。確かに同書は何度か再版を重ね、今年に最新版が刊行されましたが、基本的な論調は変わっていません。この10年間で、ドイツ、欧州、そして世界の情勢は大きく様変わりしました。今日の世界から眺めてみた時、「再統一」の物語は我々にどう映るでしょうか

 

<書誌情報>

Rödder, Andreas, Geschichte der Wiedervereinigung, C. H. Beck, München 2011.

https://www.chbeck.de/roedder-geschichte-deutschen-wiedervereinigung/product/8550528

アンドレアス・レダー『ドイツ統一』岩波新書、板橋拓己訳、2020年。

https://www.iwanami.co.jp/book/b527921.html

 

<その他参考文献>

Rödder Andreas, Deutschland einig Vaterland. Die Geschichte der Wiedervereinigung, C. H. Beck, München 2009.

https://www.chbeck.de/roedder-deutschland-einig-vaterland/product/26637

板橋拓己『中欧の模索―ドイツ・ナショナリズムの一系譜』創文社、2010年。

http://www.sobunsha.co.jp/detail.html?id=4-423-71074-6

同上『アデナウアー―現代ドイツを創った政治家』中公新書、2014年。

http://www.chuko.co.jp/shinsho/2014/05/102266.html

同上『黒いヨーロッパ―ドイツにおけるキリスト教保守派の「西洋(アーベントラント)」主義、1925~1965年』吉田書店、2016年。

http://www.yoshidapublishing.com/booksdetail/pg676.html

衣笠太朗『旧ドイツ領全史―「国民史」において分断されてきた「境界地域」を読み解く』パブリブ、2020年。

https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784908468445

林祐一郎「《読書案内》かつて「ドイツ」だった場所の歴史を書くこと―衣笠太朗『旧ドイツ領全史』」

https://bote-osaka.com/yomoyama/2020/09/414/

星野乃彦『東ドイツの興亡』青木書店、1991年。

https://www.amazon.co.jp/%E6%9D%B1%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E3%81%AE%E8%88%88%E4%BA%A1-%E6%98%9F%E4%B9%83-%E6%B2%BB%E5%BD%A6/dp/4250910156

 

<著者情報>

アンドレアス・レダー(ドイツ語)

https://neuestegeschichte.uni-mainz.de/personen/univ-prof-dr-andreas-roedder/

板橋拓己

https://researchmap.jp/read0143167

 

<画像出典>

 

文責:林 祐一郎(大阪日独協会学生会員・京都大学大学院文学研究科修士課程)

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