「主権者とは例外状況に関して決断を下す者である」。ドイツの政治哲学者カール・シュミット(Carl Schmitt, 1888-1985)が残したこの言葉は、世界中で新型感染症が猛威を振るう現在の「例外状況」にあって、より重い響きをもって受け止められるかもしれません。奇しくも、そんな人類史的大事件の真只中でシュミットの伝記が出版されることになりました。今回は、蔭山宏『カール・シュミット』を紹介します。
シュミットは、先月私が紹介した思想家ヴェーバーの授業に出席し、彼から影響を受けたとされる人物でもあります。そのため、ヴェーバーが独裁者ヒトラーとの思想的関連を疑われる際、のちに国民社会主義へ接近したシュミットのことがしばしば言及されます。しかし、シュミットがヴェーバーの系譜に位置するかどうかは、議論が分かれるところです。また、ヒトラーとほぼ同世代で、ヴェルサイユ体制や自由民主主義を批判して独裁を肯定したことなどから「ナチのイデオローグ」とも呼ばれるシュミットですが、実際のところ国民社会主義政権との関係は微妙なものでした。著者は、シュミットが反ユダヤ主義者でナチ的な思想家であったことは否定できないと言いますが、国民社会主義政権の成立を阻止しようと動いた過去もあり、政権成立直後は「御用学者」としての地位を築くものの、ヒトラーの独裁体制が固定化すると政権から遠ざけられていったと言います。
著者は、哲学者のマルティン・ハイデガー(Martin Heidegger, 1889-1976)やエルンスト・ユンガー(Ernst Jünger, 1895-1998)などと同じように国民社会主義と「接点」のあった人物の方が、状況の問題性を感じ取っていた可能性が高いと考えているそうです。つまり、シュミットはナチ的であったからこそ、重要な思想家だというわけです。シュミットの立場には矛盾や動揺も見られますが、ヴェルサイユ体制に対して敗戦国ドイツの自己主張を代弁する際、抽象的な西欧の普遍主義が空虚に陥っていると批判し、個別具体的な場所との繋がりを重視した彼の主張には、今でも傾聴すべきものがあります。
そもそも、シュミットの「鋭さ」を見ずに、国民社会主義との関わりだけで「稀代の思想家」を語るのは、あまりにも勿体無いでしょう。我々は、思想の社会的な背景や受容だけではなく、思想そのものにこそ注目すべきではないでしょうか。これは、現在の情勢と安易に関連付けて先人の思想を読みたいという人間の欲望が、時に恣意的な解釈を生み出してしまうことについても言えます。著者はコロナ問題の深刻化を受けて、それを強く意識した内容に書き改めたいとも思ったそうですが、シュミットの生涯を一面化するのは公正さを欠くと考え、結局そうした変更を加えないまま出版に踏み切ったそうです。現在の「例外状況」を入り口に、皆さんも先人の思想と向き合ってみるのは如何でしょうか。
<書誌情報>
蔭山宏『カール・シュミット―ナチスと例外状況の政治学』中公新書、2020年。
https://www.chuko.co.jp/shinsho/2020/06/102597.html
<その他参考文献>
蔭山宏『崩壊の経験―現代ドイツ政治思想講義』慶応義塾大学出版会、2013年。
https://www.keio-up.co.jp/np/detail_contents.do?goods_id=2730
林祐一郎「《読書案内》知的巨人の二つの顔―野口雅弘『ウェーバー』と今野元『ヴェーバー』」
https://bote-osaka.com/yomoyama/2020/07/355/
文責:林 祐一郎(大阪日独協会学生会員・京都大学大学院修士課程)
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